2014年07月20日

久しぶりに硬い本読んで肩凝った

yokotobis.gif このブログも今日で9周年を迎えました。



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        やったね、やったー。               



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だーれも祝ってくれないから、自分で祝うっぺ。



記念すべき日でありますので、少し硬い本を。



本 漢文脈と近代日本
斎藤 希史  角川ソフィア文庫



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最近、てんで硬い本読まないもんだから、肩凝るなー。


オビには『漢文との格闘が日本の「知」を創った』とあります。



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内容 「BOOK」 データベースより
漢文は言文一致以降、衰えたのか、日本文化の基盤として生き続けているのか――。古い文体としてではなく、現代に活かす古典の知恵だけでもない、「もう一つのことばの世界」として漢文脈を捉え直す。


 序章  漢文脈とは何か

 第一章 漢文の読み書きはなぜ広まったのか

 第二章 国民の文体はいかに成立したのか

 第三章 文学の近代はいつ始まったのか

 第四章 小説家は懐かしき異国で何を見たのか

 終章  漢文脈の地平 






明治時代の知識人には、『漢文の素養』があった、とよく言われます。


『漢文の素養』とは、何ぞや?


徳川家斉の治世、老中松平定信によって打ち出された「寛政異学の禁」。

幕府での正学を朱子学とし、昌平坂学問所を正式に幕府の学問所としたものだが、一般に他の学問を禁じたわけではない。しかし、昌平黌は各藩の学問所のモデルともなったため、全国的に朱子学は盛んになり、士族階級を中心に漢文を読み書きすることが18世紀末から19世紀にかけ広まった。

儒学で重視された「修身・斉家・治国・平天下」、漢文は天下国家を語ることばとして定着していく。



著者は、頼山陽が著した日本外史が近代日本の漢文脈に大きな影響を与えたと評する。事実この日本外史は幕末明治期の大ベストセラーであった(発行部数は30万とも40万とも)。

この書籍の内容と平易な文体が空前のベストセラーとなり、訓読体が主流になるきっかけになったと指摘する。
そしてこの流れが明治時代の知識人の『漢文の素養』を生んでいく。


その後、日本の近代は、漢詩文的なるものから離脱すること、もしくは否定すること、あるいはそれと格闘することによって成立したが・・・


文学の世界では言文一致体がその地位を確立するものの、政治の世界では漢文訓読体がそのまま主流として存続した。法令、教育勅語など


ここで、言文一致体が成立すると、逆に漢文脈から発する精神性が儒教的な道徳として強調され、訓読体が政治性を持ってしまった と著者は、指摘する。


法律の文体を口語化するという動きも平成になってからですからねえ。ずいぶんと年月がかかりました。



おおざっぱにまとめましたが、これでいいのんか 


アマゾン見ても、書評書いてる人いないやんかw



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久々に良書に巡り合えました。肩凝ったけどw 


この本もこれからずっと大事にして何度か読み直すことになるのでしょう。



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posted by 金魚 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論・対談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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