2005年11月01日

それから   夏目漱石

それから
 夏目漱石  新潮文庫

『三四郎』・『それから』・『門』の三部作。



『三四郎』に続く、第二作。久しぶりに読みました。

久し振りとなったのは、主人公代助の生き方に共感できず、感情移入できないため、この小説を読むのにかなりの時間を費やしてしまうのが厭なのです。
 しかし、登場人物の言葉を借りて社会批評・風刺を行う漱石の遊びは、ここでも面白く、(六)に出てくる各国文学評、当時の日本批評には感服してしまいます。


以上、平成10年に書いた書評です。


 だけどね、どうしてこれが、『三部作』になっちゃうんですかね。

【ストレイシープ】と純情に悩んでいた三四郎が、
【略奪愛】の代助ですよ。

どよ〜ん。そんなのあり? 
純情中年のオイラとしてはこのギャップについていけん。



 結局、漱石を超える小説家は未だに現れていないのですが、漱石があまりにも巨人であったために、その後の作家も、私小説しか書けなくなってしまったのでしょうか? どうして日本の作家はこんなに私小説が好きなんでしょう? 日本人って想像力がないのかなぁ。

 私小説って、どうも家に閉じこもって鬱々としているひきこもり作家って印象で、読めば読むほど暗くなる。
ラテンの血が混じっているオイラとしては、このジャンルは厄介なのです。『暗夜行路』なんて最悪だよなぁ・・・ゲッ、また問題発言をしてしまった。

 純文学は、若いうちに読んどかんといかんというのが小生の持論ではありますが、中学生や高校生のころに『こころ』『それから』、そして太宰さんや志賀さんなんてばかり読んでいたら、人間変になっちゃいませんか?

 

 

 
posted by 金魚 at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 漱石大先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。「それから」なんて懐かしいな。しかし、この本に関してはちょっと思い出が。高校時代に感想文で良い点を頂いたので内要に反して良い印象があります。 感想文では先生の受けを狙って、本心ではない事を書きましたが、本当は全然納得がいかない。略奪しておいて何ぬかしていやがる!と思ったものでした。ハイ。
若いうちの純文学。同意見です。純文学って古典的なものも現代のものも、やはり読むのに体力がいると思うのです。
Posted by タジオ at 2005年11月02日 01:18
タジオさん、コメントありがとうございます。

読解力が無くても、感性のみずみずしい青春時代にまず読み、そして30代、40代、50代〜と、歳(経験)を重ねるごとに再読できれば楽しいと思います。

しかし、おっしゃるとおり、体力、そして気力が必要ですね。
Posted by 金魚 at 2005年11月02日 21:30
実は、体力が無くなってきている事を理由に、純文学を読まなくなってしまっているわたくし。
今日三島の話題が出たし、映画も公開中なので
中学生の時の「我がアイドル」三島由紀夫を
読み直してみようかと、秘かに思っているのですが。・・・ 最近かるーいエッセイでお茶を濁していたから、最後まで行きつけるかどうか。
自身無いッス。

Posted by タジオ at 2005年11月05日 01:56
タジオさん、体力が無くなった分は『気合』だ〜!

気合で一気に読むしかありません。酔った勢いで読めないのが残念ですが・・・。

三島さんの作品では、豊饒の海の『春の雪』『奔馬』が好きです。後の二作はどうでもいいです。特に『奔馬』の結尾の文は最高でした。

今秋覆刻された『英霊の聲 』は、大学時代に読んで衝撃を受けました。他の小説はエロくて、ちょっと。
Posted by 金魚 at 2005年11月05日 21:43
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