2008年04月14日

絶版書を絶賛する〈 孤立無援の思想 〉

本 孤立無援の思想
  高橋 和巳  旺文社文庫
 

位置情報 かりにここに一人の青年がいて、たとえば紅葉した丘陵の樹々がいっせいに風に揺れ、渓谷の水が清冽な響きをたてて流れるのに面して、何かの感慨にふけりながらたたずんでいたとする。ところで、その青年に対して自然の美に心を奪われるよりは政治問題について考慮すべきだと薦めうる確固たる論理が本当にあるのだろうか。


この一文から始まる高橋氏の思想。15ページに満たないこの評論に二十代の金魚は衝撃を受けました・・・。


感銘を受けたり、感動した本はいくつもありますが、衝撃を受けた書は51まで生きてきてこれまで2冊しかありません。



70726f647563742f3233303036622e6a70670032353000.png




「大衆の政治的無関心というものは、むしろ、参加をこばまれていることをうすうすは知っているその知恵のあらわれである。」

「内に省みて恥ずることなければ、百万人といえども我かん」という有名な言葉が孟子にあるけれども、百万人が前に向かって歩きはじめているときにも、なおたった一人の者が顔を覆って泣くという状態もまた起こりうる。最大多数の最大幸福を意志する政治は当然そうした脱落者を見すててゆく。
        中略
文学者は百万人の前の隊列の後尾に、何の理由あってかうずくまって泣く者のためにもあえて立ちどまるものなのである。」



政治・大衆社会・民主主義について精緻に論を展開していきますが・・・


金魚が最も魅かれた文章はといいますと、


限りある生の時間のうちに生き、一回性という動かしえない制限をもつ個別者は、無限の順応体として自分を訓練する必要はない。蝉脱や転進の意味を認めないわけではないけれども、たった一つか二つの役割を自ら裏切ることなき態度の上に果たすことができれば、おそらくはそれで十分なのであり、役割が終わったと思えば、静かに退場してゆけばいいのである。
・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・
みずからの役割の終わった時の<退場>の覚悟をもっておれば、パワーバランスの論理とその濁流に自らを見失う悲惨はなくてすませるのである。




この一文でその後の金魚の生き方が決定づけられてしまった気もします。
         
・・・読まなきゃ良かったのかもしれん。もうやだ〜(悲しい顔)



このエッセイ集で傾倒したのは、この孤立無援の思想だけです。他の部分は、感銘受けてませんから! 念のため。
           これ書いとかんと、いかんいかん・・・



これだけの名著が絶版なんてなー。ひどいもんです。オイラの好きな本はみ〜んな絶版だよ。オイラって変人? がく〜(落胆した顔)



              
本 大学時代に買って、ラインマーカーや赤鉛筆でラインを引かれた文庫本。これまで何度も読み返しました。おバカな旺文社のせいで絶版にされてしまった今、大事にしようと思います。





え? そんな入手困難な本を紹介するな? 




              kitakatas.gif
              ごめんね。


              



k_line_a.gif
posted by 金魚 at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
banner_04.gif この書評、気に入りましたらお願いします。