2008年01月02日

年の始めは、漱石先生

本 漱石 傑作講演集
  夏目 漱石 ランダムハウス講談社


文庫本のオビ
今よみがえる文豪の名調子!
「私は自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました」(本文より)



ドヒャーッ! 漱石大先生ってば、理屈っぽーい がく〜(落胆した顔)


雨 【 夏目君の講演はその文章のごとく時とすると門口から玄関へ行くまでにうんざりする事がある 】もうやだ〜(悲しい顔)



それに、講演冒頭のイヤミなくらいの謙遜ぶり・・・いやいや、こんなお方とはお友達にはなりたくないもんです。
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しかーし、その内容は素晴らしい。





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「私の個人主義」をはじめ、文豪の人間観、文明観を余すところなく伝える講演集。激動する文明開化の明治を生き抜いた漱石が到達した、「自己本位」と「個性」を重んじる境地とは?「現代日本の開化」「道楽と職業」「模倣と独立」等、名調子の呼び声高い8本を収録したオリジナル編集版。



吾輩は猫であるでも書きましたが、
kobito_b.gifクリックしてね



漱石先生は、明治時代から、この21世紀の未来を視透していたのでしょうか?


いや、おそらく、その巨視的な世界観・哲学観から導かれたのは時代を超越した価値観なのでしょう。



文明開化のもと、近代化で沸き立つなか、その著作「三四郎」の登場人物に、日本は、



        台風 亡びるね 台風



と言わしめた漱石先生・・・凄すぎる。




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『文芸の哲学的基礎』は、圧巻ですが、『現代日本の開化』も『模倣と独立』も素晴らしい。


そして、『私の個人主義』では、こう語っています。


「第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性をも尊重しなければならないという事。

第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならないという事。

第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。」



「もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。」


「義務心を持っていない自由は本当の自由ではない」


「私のここに述べる個人主義というものは、(中略)他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから」




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しかしですね、これ、ほんとにこの内容で講演したんでしょうか?



文章化されたものを読んでいっても、理解咀嚼するのがシンドイ
(オイラっておバカ)
聴衆の方々は、耳で聴いただけで理解できたんでしょうか?




正月休みに大満足した作品でした。


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           これで800円、安い!


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posted by 金魚 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 漱石大先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

久しぶりに、我輩は猫であるを読む。

猫 我輩は猫である 猫
夏目 漱石  新潮文庫

吾輩は猫である
夏目 漱石著
新潮社 (2003.6)
通常2-3日以内に発送します。


何度も書いているが、やはり名作は名作。若ければ若いなりに、年をとればその年相応に楽しめます。


この作品は、漱石の代表作ではありますが、内容からなんとなく他の小説と比べて軽く見られているような気がします。

しかし、これこそ漱石の最大傑作ではないだろうか?


内容はかなり異色ではあります。


1 猫が主人公であり、猫の視点から人間社会を観察批評するという形式をとっている。

2 かなりふんだんに社会批評を行っている。
  漱石の小説は、登場人物による社会批評・西洋文明批判がお約束。

3 盛り込まれている薀蓄の量は膨大である。
  語注の数ははんぱじゃない。



どこをとっても面白いのですが、最後の章にある、


iモード 前申す通り今の世は個性中心の世である。一家を主人が代表し、一郡を代官が代表し、一国を領主が代表した時分には、代表者以外の人間には人格はまるでなかった。あっても認められなかった。それががらりと変わると、あらゆる生存者が悉く個性を主張し出して、だれを見ても君は君、僕は僕だよと云わぬばかりの風をするようになる。


ここからの文章がスゴイ。これって明治時代に書かれたんですよね。


漱石は21世紀の今日まで見透かしていたのでしょうか?




ぴかぴか(新しい) 学生時代に読んで忘れてしまった方、も一度読み直してみては。


          がく〜(落胆した顔) 驚きますよ るんるん

posted by 金魚 at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 漱石大先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

それから   夏目漱石

それから
 夏目漱石  新潮文庫

『三四郎』・『それから』・『門』の三部作。



『三四郎』に続く、第二作。久しぶりに読みました。

久し振りとなったのは、主人公代助の生き方に共感できず、感情移入できないため、この小説を読むのにかなりの時間を費やしてしまうのが厭なのです。
 しかし、登場人物の言葉を借りて社会批評・風刺を行う漱石の遊びは、ここでも面白く、(六)に出てくる各国文学評、当時の日本批評には感服してしまいます。


以上、平成10年に書いた書評です。


 だけどね、どうしてこれが、『三部作』になっちゃうんですかね。

【ストレイシープ】と純情に悩んでいた三四郎が、
【略奪愛】の代助ですよ。

どよ〜ん。そんなのあり? 
純情中年のオイラとしてはこのギャップについていけん。



 結局、漱石を超える小説家は未だに現れていないのですが、漱石があまりにも巨人であったために、その後の作家も、私小説しか書けなくなってしまったのでしょうか? どうして日本の作家はこんなに私小説が好きなんでしょう? 日本人って想像力がないのかなぁ。

 私小説って、どうも家に閉じこもって鬱々としているひきこもり作家って印象で、読めば読むほど暗くなる。
ラテンの血が混じっているオイラとしては、このジャンルは厄介なのです。『暗夜行路』なんて最悪だよなぁ・・・ゲッ、また問題発言をしてしまった。

 純文学は、若いうちに読んどかんといかんというのが小生の持論ではありますが、中学生や高校生のころに『こころ』『それから』、そして太宰さんや志賀さんなんてばかり読んでいたら、人間変になっちゃいませんか?

 

 

 
posted by 金魚 at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 漱石大先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月27日

三四郎・・・名作はいつ読んでも名作。

本 三四郎
   夏目 漱石  新潮文庫


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            なんか、ダサい表紙だわ 猫


のっけから、

「日本は富士山しか自慢できるものはなく、それは天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。」

と広田先生に言わせ、三四郎が

 「これからは日本もだんだん発展するでしょう。」 

と弁護すると、

「亡びるね」

とは、痺れますね。チャイコフスキーのピアノ協奏曲の冒頭で酔い、あとはどうにでもしてぇというような感じでしょうか。




   「風が女を包んだ。女は秋の中に立っている」 

という表現も気に入りました(これ、詩的ですよね〜)




 高校、大学以来、久々に読んでみました。こういう青春小説であっても、30代は30代なりに面白く読めるのは、やはり名作なんですね。




・・・以上、ミニコミ誌に書いた文章ですが、あれからさらに10年、四十代になって読んでもやっぱりそれなりに楽しめるのは、名作中の名作なんでしょう。









ディック・フランシスの小説も名作・・・っていったいいつになったら書くんだですって・・・ううむ、お馬さんの話だけに、なかなかウマれない・・・ちゃんちゃん。
posted by 金魚 at 00:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 漱石大先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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